英語弁論大会アトランタ派遣レポート
平成30年1月に開催した第43回英語弁論大会で見事アトランタ賞を受賞した,福岡第一高校3年の江頭 裕真さんより,アトランタ市ホームステイ体験レポートが届きましたのでご紹介します。
まず福岡からアトランタまで行くまでに3つのフライトがありました。
福岡→成田→シカゴ→アトランタ
合計のフライト時間
約15時間
航空会社
日本航空、デルタ航空
こんなに長いフライトは初めてでしたが、比較的に快適に過ごすことができました。カナダ上空を飛んでいるときには遠くにうっすらとオーロラを眺めることができました。
経由地のシカゴ・オヘア空港でちょっとびっくりしたことがありました。
シカゴでのトランジットは約3時間。ベンチに座っていた時に隣にはもちろん知らないアメリカ人が座っていました。その人は僕がくしゃみをした瞬間に“bless you”と僕に言ってきました。僕は最初変な人だと思ったのですが、後で調べてみると、アメリカには誰かがくしゃみをすると周りの人がそのように言う習慣があったのです。日本語に直すと「お大事に」に近い意味だそうです。言われた人は”thank you” とお礼を言うのがマナーだそうですが知らなかったので何も言えませんでした。(この後くしゃみした時はちゃんと言えました。)
アトランタに到着したのは午後3時でした。
そこでもびっくりしたことがあり、アトランタの空港はターミナル間の移動が地下鉄で、預け荷物の受け取り場所も飛行機から降りたターミナルとは違うターミナルにあり、地下鉄で移動する必要がありました。これが巨大空港なんだと思いました。
ホストファミリー
僕のホストファミリーを引き受けてくれたのはFlashさん家族でした。
お父さん、お母さん、12年生のお姉さん、9年生の弟で暮らしていて、一番上のお兄さんはエアフォースアカデミーという空軍の学校に行っています。
最初に会った時から優しくて温かい感じの家族で、8日間一緒に過ごして、本当に楽しかったです。
2日目はアトランタの福岡会のSueさんにアトランタの北部の町やステーキの店に連れて行ってもらいました。
ちなみに前日の夜にはアトランタの福岡会の方々とホストファミリーに歓迎会を開いてもらい日本食レストランに行きました。
僕の最初のアメリカのイメージはビルが多かったり、砂漠が多かったりなどでしたが、アトランタはそれらとは違って、たくさんビルがあるわけでもなく、砂漠もありませんでした。アトランタには木々がとても多く僕が行った時期は花粉が飛散する時期で車などに黄色の粉が溜まるほどの量が飛んでいました。福岡ではそのような光景は見たことがなかったので少し驚きました。
気候
アトランタの気候は福岡とほぼ同じでした。雨が多いや、晴れが多いということもなく、過ごしやすい気温でした。
少しずつフライトの疲れも取れてきて次の日からは学校に行くことになりました。
3日目はいよいよ学校に行くことになりました。
僕が行かせてもらった学校はノースアトランタハイスクールというところで、校舎が11階建というとても高い建物でした。授業は僕の学校とは違って選択制でした。僕は中国語やライティングの授業を受けました。先生によっては話すスピードがとても早いので聞き取りがとても難しかったです。
また、制服は無く、私服で過ごすことができます。
時制
各授業90分で4つの授業があります。8時45分に1限目が始まり、4時15分に最後の授業が終わります。
アメリカの学校は警備が厳重
アメリカの学校では銃の乱射事件がなんども起こっているのでセキュリティーゲートを設置していました。またこの学校だけでなく、アメリカのほとんどの学校で、このような対策が行われているようです。
4日目はストーンマウンテンというアトランタの東にある世界最大の花崗岩に行きました。
標高513メートルで、周囲からの高さは251メートルあります。ストーンマウンテンの山腹には南北戦争時代の南軍の司令官・将軍3名のレリーフがあります。このレリーフは高さ27メートル、幅58メートルと巨大なもので、世界最大とされています。ダイナマイトや巨大なドリルを使って掘られたそうです。約3分のハイキングを経て頂上に着きました。頂上はとても開けていて開放感がありました。また頂上にはロープウェイが繋がっていて帰りはそれに乗って降りました。
登りでは前半は比較的緩やかな傾斜だったのですが後半には傾斜がきつくなっていきました。30分ぐらいのハイキングでしたが運動不足の僕にとってはとてもいい運動になったと思います。また頂上での景色は素晴らしく、久しぶりに登山の達成感を味わうことができました。
7日目の夜にはアトランタの福岡会のアルバート・イケダさんがチケットを手配してくださって、ホストブラザー・シスター、そしてイケダさんと一緒にメジャーリーグのアトランタブレーブス対ニューヨークヤンキースの試合を見に行きました。僕は野球が大好きで、メジャーリーグの試合を見れる事は本当にうれしいことで、とてもいい思い出になりました。
アメリカの野球は日本のプロ野球と違って鳴り物の応援はなく、観客の歓声だけです。その分、イニング間の大型ビジョンを使ったイベントがいろいろあったりするなど面白かったです。
またメジャーリーガーのプレーは規格外で、特大のホームランや、日本人選手では考えられない守備でのスーパープレーなども観れて本当に良かったです。
8日目はアトランタで過ごせる最後の日でした。この日は春休みでコロラド州にあるUSエアフォースアカデミーから帰ってきたお兄さんと一緒にダウンタウンに行っていろいろな観光名所に行ってきました。
デルタミュージアム
デルタミュージアムは空港のすぐそばにあり、実際に活躍したデルタ航空の飛行機を見ることができました。デルタ航空は1928年に設立した歴史ある航空会社で、本拠地をアトランタに置いています。博物館には昔使われていた機材の機内や大昔のプロペラ飛行機などたくさん展示してありました。またデルタ航空の本拠地なので、ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港にはものすごい量のデルタ航空機がおり、見る限り約8割がデルタ航空でした。そしてこの空港は世界一忙しい空港として有名で、行く前から見てみるのをとても楽しみにしていました。実際に見てみると5本ある滑走路から2機同時に離陸したり着陸したり、次々に、絶え間無く離着陸が行われていました。この空港で働く航空管制官の大変さは計り知れないものだと思いました。
コカコーラミュージアム
アトランタには本拠地にしている大きな会社が幾つかありますが世界的に有名なコカコーラ社もその一つです。コーラは1886年にアトランタで生まれた飲み物で、その歴史や製造工程などを展示している博物館があります。そこでは世界のコカコーラ製品の飲み物を飲み比べることができ、美味しいものもあれば全く美味しくないものもあり、飲み比べるのがとても楽しかったです。
キング牧師国立歴史公園(マーティンルーサーキングjr)
この場所には是非行ってみたいと思っていたところでした。
ここもお兄さんが連れて行ってくれて、詳しい説明もしてくれました。キング牧師はアトランタで生まれ育ち、黒人差別と闘いました。資料館には差別反対のデモの写真やキング牧師の葬儀の時に使われた台車などが展示されてました。
また、キング牧師はインドのガンディーを尊敬していて非暴力を掲げていました。これにより、差別に立ち向かう黒人の人たちは、暴力を振るわれることも多々あったそうですが決して遣り返さなかったそうです。
今回の約10日間の体験で僕は「人との関わり」の大切さを実感しました。このアメリカでの体験に関してたくさんの方と関わってきましたが、その方々がいなければこのような体験はできなかったと思いますし、現地で出会った方々と親しい関係を作れなかったらアメリカでの経験はここまで有意義なものになっていなかったと思います。僕はこれから生きていく上で、「人との関わり」がいかに大切かを忘れずにこれからも様々なことに挑戦していきたいと思います。
スピーチコンテストでも、航空管制官になる夢を語ってくれた江頭くん。実際に世界一忙しい空港といわれるハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港の様子を見ることができ、多くの学びがあったようですね!
そのほか、「人との関わり」の大切さなど、アトランタへの派遣を通して気づいたことを大切に、夢に向かって頑張ってくださいね!